大道無門の意味「悟りの道にはどこからでも入れる」

(だいどうむもん)
大道無門(だいどうむもん)は、「禅の悟りの境地を意味する大道には特に入口がなく、だれでもいつでもどこでも入れるよ」という意味です。
禅問答をまとめた禅書「無関門」の序文を飾る非常に重要な言葉です。 ...
「一雨潤千山」(いちう せんざんんをうるおす)の意味:恵みの雨を少しでよい。恵みの雨は自分で降らせる。

一雨(いちう)、千山(せんざん)を潤す、と読みます。
日照りの続いて乾ききった山々に一雨降って、草木が生命力を取り戻す様子を現した言葉です。
もちろん、そうした情感あふれる風景を示すこの語には含意があり、ただ雨 ...
「白雲起峰頂」(はくうん ほうちょうにおこる)の意味とは:衒い(てらい)のない様子の魅力を謳う

読み方とイメージ
白雲(はくうん)、峰頂(ほうちょう)に起こる、と読みます。
白い雲が山の山頂に現れている様子です。
含意面白い風景ですが、雲も山も意図するところは何もありません。
無作為、無心です。
「別是一壺天」(べつにこれ、いっこのてん)の意味:人それぞれに小宇宙がある

読み方
別(べつ)に是(こ)れ、一壺(いっこ)の天と読みます。
「濟其美」(そのびをなす)の意味:それぞれの良さや魅力を大切にする禅語

読み方と意味、出典
濟其美は「そのびをなす」を読みます。出典は「春秋左伝」で「世世濟其美」とあり、世々(よよ)は代々という意味で、先祖・先人の良い行いを引き継いで行っていくことを意味します。
使い方としては、直接的には代々の ...
在眼前(眼前に在り、がんぜんにあり)の意味:探し物はすべて目の前にある。

目の前にあるよ、と。一体何が目の前にあるというのだろうか。探し物が目の前にあるよ、といってくれているのだろう。では、その探し物とはなにか。それはたぶん大切なものだろうし、もちろん探し求めているものだろうし、悟りのようなものかもしれない ...
施無畏(せむい)

畏れ(おそれ)が無くなることを施す。すなわち、恐れなくていいようにしてあげること。観世音菩薩のことを施無畏者と称する。誰しもに不安がある。怖いという気持ちがある。それは何に対する恐れなのか、それは人それぞれである。上司や先輩が怖いとい ...