天行健の意味:世界や宇宙が問題なく順調で、安泰である
規則正しさと継続性を促す易経の言葉。
禅では心を安らかにする言葉。
(てんこうけんなり)
天行健(てんこうけんなり)は、易経の言葉で、天体の規則正しく継続し続ける動きと関連づけてリーダーのあるべき姿を示唆した言葉です。
禅の文脈では、リーダー論の部分を割愛して、大自然に仏を見出し、一般社会や日常生活に幸せを見出す仏教の基本思想を表わす言葉として用います。
読み方
「てんこうけんなり」と読むのが通常です。
「てんのおこないは、やすらかなり」と訓読みしても構いません。
その方が禅の文脈での意味は取りやすいかと思います。
出典
出典は『易経』です。いわずと知れた中国の古い占いの本です。
紀元前800年くらいに成立していたと言われており、その歴史は禅よりも1000年以上古いということになります。
占いの原理や文脈が、自然と人生の変化の道理と重なっており、時に禅語として使われることがあります。
- 虎嘯風生
- 洗心
禅語の出典にはいくつかのパターンがありますが、「天行健」は3番目の他の故事成語から取り出したものということになります。
- 禅書に由来するもの
- 詩句から取り出したもの
- 他の故事成語から取り出したもの
実際の文章
原文
天行健
君子以自彊不息
読み下し文
天行健なり。君子はもって自ら彊(つと)めて息(や)まず
意味
出典は非常にシンプルな2節からなっており、意味はそのまま理解することができます。
易経における意味、禅の文脈での意味を順番にみていきます。
易経における意味
天体が規則正しく動き、それに基づいて月日が出入りをし風が吹き、そのおかげで草木も育ち、農作物も育ち、我々は生きることができている。その活動が休んだことは一日もない。
同様に、君子たるものは自分を律して日々の生活を送り、それを継続し、そうして社会に貢献するというものだ。
リーダーのための言葉
易経は国を運営する人のためのリーダーシップ本という側面がありますから、君子がどうするべきかという一節「君子以自彊不息」が添えられています。
したがって、「天行健」の言いたいことはそこから明らかです。
規則正しさと継続性というリーダーのマインドセットが促されている一文です。
宇宙・自然の動きと、自分がどうするべきかという観点を重ねてつなぎ合わせた、ダイナミックでいかにも東洋的な思想といえます。
禅の文脈での意味
禅においても、規則正しさと継続性は時に強調されますから、この意味で用いてもよいかと思います。
継続性を促す禅語
- 百尺竿頭進一歩
(ひゃくしゃく かんとう しんいっぽ) - 更参三十年
(さらにさんぜよさんじゅうねん) - 点滴穿石
(てんてきせんせき) - 学道如鑽火
(がくどうは ひをきるがごとし) - 地肥茄子大(ちこえて なすだいなり)
- 金龍不守於寒潭(きんりゅう かんたんをまもらず)
- 不住青霄裏(せいしょうりにとどまらず)
禅は「規則正しい生活」を強調しない
禅では、継続性はまずまず大切にされますが、規則正しさはあまり言われません。
そこで別な捉え方をしてみたいと思います。
禅における意味
禅では「天行健」の部分だけを用いて禅語とします。禅に君子論は馴染みません。
したがって、ただこの「天行健」の部分だけにフォーカスして考えていくことにします。
安心感を与える言葉
「天(世界)の動きは健やかである」
健は健やか(すこやか)、健全の意味です。
健かと送り仮名をつけると「したたか」と読むことになり、強く屈しないという意味も出てきます。
この世界のすべての肯定するような言葉として理解することができます。
世界を肯定してくれる言葉
「私たちの暮らす社会(衆生)こそが仏であり極楽である」と考える禅の思想と符合してきます。
こうした考え方の易経的表現として、「天行健」を禅の文脈に引き込んで捉えることができます。
近い意味の言葉
「大自然に仏を見出す」禅語
「この世界こそが素晴らしい」という禅語
易経と禅の違い
易経では自分を律する緊張感のある言葉でした。
リーダーシップ論、自己啓発の言葉として当然ともいえる示唆になります。
逆に、禅の文脈では「安心感」を与えてくれる言葉となりました。
自分のいる場所を肯定してくれる仏教らしいやさしい意味合いです。
原典に照らせば前者、禅語として茶掛けなどで用いるならば後者ということになります。
まとめ
以上、易経における「天行健」、そして禅の文脈での異なる意味を確認してきました。
2つの意味を確認してきましたが、どのように用いるかは使う人次第です。
どうぞ健やかに、良き日をお過ごしください。
お読みいただき、ありがとうございました。
引用・参考文献:
・『一行物』(芳賀幸四郎、淡交社)
・『易経』(岩波文庫)
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