「自業自得」(じごうじとく)の意味:自分でやって自分で得よう。自助と自己責任を表わす禅語
自業自得
じごうじとく
- 自分で行い、自分で得ること。
- 自分の生業によって、自分で生活すること。
- 自分の業(わざ)で、自分で獲ること。
自分でつかみ取るという徹底自力の宗教である禅らしい言葉。
逆に言うと
人の力で何かをしないということ。したがって、人の助言や教科書を軽視して、自分で考えて工夫すること、体得することを重視することになります。
自業自得でやっていく覚悟
自分の力で得たものだけを糧にしていくというのは怖さがあります。
まず、自分の非力さと対峙しなければなりません。人の力を借りないどこか、人のせいにすることもできません。何とか自分で生き抜いていくんだという覚悟をもって、自分の根源的な力を信じること
が出発点です。
なぜ本来の意味がゆがめられるのか
自業自得という自立と自力を促す言葉ですが、「自分のやった悪い行いは自分のところにかえってくる」という意味で使われることが多いです。
なぜこのような意味で用いられることが多いのか考えてみましたが、多くの人はこの「自力と自立」ということをやらずに生きているのではないかと思うに至りました。
挑戦しない人にとっての自業自得
自分で何かをやり遂げようとすれば失敗の連続です。何度も失敗しながら工夫して何とかやっていくという本来の人間や生き物のあるべき姿ですが、これをやっていない人にとっては、成功を夢見て挑戦したものの失敗ばかりして「自業自得」だということになります。
挑戦する人にとっての自業自得
禅は、本来の自業自得を旨として生きる少数派を応援します
難しいチャレンジ、単独でやっていくこと、独立してやっていくこと、簡単ではありませんし、失敗の連続かもしれません。この状況は自業自得で、人は間違った意味でこの挑戦を揶揄することでしょう。しかし、これは本当は素晴らしいプロセスです。
近しい禅語
工夫
学道如鑽火
いかに継続していくのか。具体的なイメージをもって示してくれる禅語。忍耐、工夫、準備。継続はただ続ければいいというわけでない。
冷暖自知
楽亦在其中
毎日が楽しくなる。どこにいても何が起きても立ち上がれる。魔法のレジリエンスを与えてくれる言葉。
まとめ
挑戦の最中、困難に際して「自業自得だ」と言われてしますとがっかりしてしまいますが、本来の意味で捉えて励ましの言葉として受け止めるようにしましょう。
挑戦する人に対しても、間違ってもその苦労は挑戦という判断が間違っていたかのように自業自得だなどといわずに、自分でやって自分で獲ていく本来のあるべき姿を自業自得と讃えてあげましょう。