「無隠」(むいん)の意味:仏の教えは、一切隠すところがなく明らかであるという禅語
禅語「無隠」について解説していきます。
無隠は「むいん」と読みますが、「隠すところ無し」と訓読みしても差し支えありません。
正々堂々隠すところなしという意味ですから、そのままこそこそ隠し事をするのは止めようと理解しても問題ありません。
しかし、それでは随分浅い意味になってしまいますし、茶掛けの軸としてはなんだか大雑把な説教で茶味にも禅味にも欠けてしまいます。
茶掛けやご銘に用いる言葉として、或いは書道で用いる言葉としてどのような意味で捉えるべきか、まずは出典から探っていきましょう。
揮ごうする言葉にも座右の銘にもある言葉だと思います。
「無隠」の出自は?
論語のなかで、「吾、爾に隠すところ無し」と出てきます。文脈としては孔子の指導方針が「すべては言わなくても分かってね」というスタイルだったために、弟子たちが孔子先生は我々に秘伝を隠していると考え噂したことに対する孔子の一言がこれです。「一を聞いて十を知るその応用力や洞察力を培ってほしいのに、なんで君たちはそんなこと言うの」ということで、「何も隠してはいないよ」といったわけです。
ということで意味としては、「すべては語らないけれども、それを察すべし」という先生の言葉として捉えたり、逆にそうありたいと願っていますという弟子の決意として捉えることもできます。これで随分茶味が増しましたが、さらに仏道、禅味を探っていきましょう。
仏道の観点で「無隠」を捉える
「本当に大切なことは目の前にある」と考えるのが仏教、特に禅の基本です。至近至簡な宇宙の真理・人生の大道は目の前にあるのに、崇高無限なる真理を遠くに求め、難きに見出すという迷走に人は陥りがちだという指摘です。大切なものは目の前にある、やるべきことは足元にあると考え方です。
つまり、無隠とは「大切なことはまったく隠れるところなく、目の前に転がっている。まずはそのことやその価値に気づけ!そうしてそれを大切にせよ!」という意味になります。禅の文脈に則ると、心の安らぎにつながる意味合いが現れてきます。どこにも行かなくてもいいし、難しい努力は不要だと言ってくれているわけですから。
「無隠」の意味としては3つ考えられる
まとめますと、「無隠」の一言はその含意として、
①こそこそ隠し事はせず、公明正大であろう
②一を聞いて十を知る、真の賢さを目指そう
③目の前にある大切なものに価値を見出そう
といった異なる意味を導出することができます。①から③へのコンテクストは複雑で深みを増すため、軽々しく茶席で語ることができない意味になってきます。しかし、それでいいわけす。深い意味合いを無言のうちに目を閉じて、点前や外の風の音を聞きながら味わうようなことで十分です。誰が書いたかも問題ではありません。
茶掛けやご銘で「無隠」を用いるならば
結婚や結社などの門出にあたって
それぞれ意味合いに応じて掛ける場面は異なってきます。
「①こそこそ隠し事はせず、公明正大であろう」であれば、結婚や結社などのタイミングでパートナーとの関係性や組織の透明性を誓う意味合いを持たせてもいいかと思います。分け隔てのない親交を互いに確認するといったことで友人や夫婦、パートナーとの席で用いるのもよいと思います。
進級や昇進などの祝いの席で
「②一を聞いて十を知る、真の賢さを目指そう」の意味で捉えるならば、入門・入学・入社といった祝いの席がふさわしいでしょう。進級や昇進といった場面で、一層周囲に配慮し奮励されたしといった励ましで掛けてもよいかと思います。
悩みや落胆にある人を励ます席で
「③目の前にある大切なものに価値を見出そう」の意味で考えるのであれば、まったくの失意・落胆の中にある人と一客一亭の茶席で用いてみてもいいでしょう。人生最大のストレスである死別、それ以外にも離婚や暴力、失業といったストレスが心的負荷の上位には挙げられます。それ以外でも何か落ち込んでいる人に、「しかし目の前には素晴らしいものがあるじゃないか」と勇気を与え、活路を見出そうと励ます一言です。まったくの無言の茶席でも、お悩み相談以上の心的回復を与えることは可能だと思います。
季節を選ぶならば
上記のとおり、特に季節というよりも主客の関係性や出来事のなかで掛ければよいと思いますが、季節で掛けようとするならば、私は冬を選びます。禅は冬を好みます。すべての生命活動が弱まり、その真価が問われる季節であり、それゆえに寒さに負けずに青々しい松や竹、真冬に花を咲かす梅を好みます。寒さのなかで、全く余勢のなくなった状態での素っ裸な状態の強さ、いわば自力を無隠のうちに問うと捉えるわけです。「なんのこれしき、無隠自力をお見せします」という意気の一幅としてもいいですし、「貴殿の無隠の力(余計なものを取り除いた自力)はどの程度か」と、真冬に問いただす力強い禅力をという応酬の一幅としてもよいと思います。
まとめ
いかがでしたでしょうか。「無隠」という立った一言ですが、実に深い文脈を検討することができましたね。このように禅は常にぶっきらぼうに言葉が短く、その意味合いが広大に拡がっています。ゆえに茶席は静かにして、掛け軸を茶道具の第一として、その意味を味わい尽くすわけです。意味が分からない掛け軸に際しては、どんどん亭主に聞いてしまってよいと思います。そうして自分でも調べて、だんだんと理解が深まっていきます。
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