山中無暦日(さんちゅうれきじつなし)
大自然にあって気づく、世の中には道徳も規範も本来ない
出典が禅書でなく、漢詩を元にした禅語です
しかし、実に禅味の強い、すがすがしい境地を示す言葉として理解できます。
まずは元の漢詩からみて、その後に禅の文脈で意味を確認していきます。
出典
出典の唐詩選は明代16世紀~17世紀に編纂されたものと言われています。
宋代の禅書を出典とする禅語と比べると、比較的新しい年代で禅語として用いられるようになった可能性があります。
『唐詩選』
偶来松樹下
高枕石頭眠
山中無暦日
寒尽不知年
書き下し文
偶(たま)たま松樹(しょうじゅ)の下(もと)に来たり
枕を高くして石頭(せきとう)に眠る
山中暦日(さんちゅうれきじつ)無し
寒(かん)尽くるも年を知らず
意味
特に何の計らいもなく、松の木の下にいる
枕を高くして石の上で寝よう
山のなかにあっては、暦(こよみ)がない
寒い季節が終わって世間は新年なのだろうが、私には今年は何年なのか分からない
禅の解釈
元々の詩に対して、山中無暦日だけを取り出して、禅語として扱うことがあります。
禅の文脈での山中無暦日を考えてみます。
山中とは
禅語では度々自然を持ち出します。
抽象的な概念を具象的に表現するため、体験できるものとして示すために例として用いられます。
ここでの山中は、元の詩で「何も考えずに松の木の下に来て、石の上で眠る」と言っているように、「自然と一体になっている私」という考え方が基礎にあります。
すべては「一」から始まるという禅の基本概念に則ったもので、松も石も、山も自然もすべて私と一体になった原始的な状態、悟りの境地の意味を「山中」の意味に添えているということです。
暦日(れきじつ)とは
暦日は、暦(こよみ)のことで、カレンダーを指しますが、時間を指す時計も含めた私たちの時間の尺度のことと捉えてよいかと思います。
時間の尺度とともに、私たちが日常生活を送るうえで必要な予定や約束事が重なって、日々暮らしています。
寝る時間も会社の始業時間も、学校の休日も、人と会う約束も、時間の尺度が前提になっています。
ひとたび、山中に入れば、そういったものの縛りも薄れてきます。
人里を離れて、社会を離れれば、人と人との共有概念としての時間の尺度はどうでもよくなってきます。
この詩における「暦日」の含意
言ってみれば、ここでの暦日とは端に時間の尺度だけでなく、社会の常識のことを言っているということになります。
大自然にあっては社会の常識は通用せず、ただ自然の摂理にだけ則ってものごとが刻々と動いています。
暦日なしですから、社会の規範や常識はない、という意味になります。
禅的な解釈
まとめますと、
松も石も、山も川も、自然も宇宙も、すべて私と一つになったような悟りの境地にあっては、人と関係性や社会の道徳規範などそもそもないことが分かる
という意味になります。
この語の季節
原典では冬、そして新年が謳われていますから、そのまま正月の言葉として用いたいものです。
松も冬の言葉です。
人々の正月の喧騒、例年の正月の習わしに対して、「山中無暦日」と一刀両断の態度を示す、痛快の禅語と言えます。
「そこを石の上で眠る」というふてぶてしく何にも動じない態度がいかにも禅らしいところです。
「山中無暦日」以外も味わい深い句
四句のそのほかの句、
偶来松樹下
高枕石頭眠
寒尽不知年
も禅語として使ってよい味わいがあります。
寒尽不知年であれば、より直接的にあえて新年用いておもしろいと思います。
偶来松樹下は抒情的に原典の文脈を活かしつつ、萬法一如の悟りの入り口にたどり着いたような様子を示す言葉として捉えることができるかと思います。
高枕石頭眠であれば、実際にははかない社会規範の本質を見極め悠然としている態度を表す禅語として味わうことができます。
まとめ
華やいだ正月にあっても、すっかり落ち着いている禅者の姿が想像できます。
そのような気持ちでお正月を過ごせれば、一年を泰然自若として過ごせるでしょう。
キリっと背筋が伸び、腹が座る禅語として、味わってみてください。
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