一花開五葉(いっかごようをひらく)
自分という「一」から広げていく世界
華やかなイメージの言葉で、茶掛けの禅語としてもよく用いられます。
禅の文脈を読み解いていきますが、「葉」の意味や出典に少しクセがありますので、そのあたりも丁寧に確認していきます。
出典
達磨大使が二祖・慧可(えか)に詠んだとされる漢詩です。
原文
達磨大使
吾本来茲土
伝法救迷情
一花五葉開
結果自然成
書き下し文
吾れ本(もと)、茲(こ)の土(ど)に来(きた)り
法を伝えて迷情(めいじょう)を救う
一花(いっか)五葉(ごよう)を開き
結果(けっか)自然(じねん)に成(な)る
意味
私がこの地(中国)に来たのは
禅を伝えてこの地の迷える精神を救うためだ
1つの花のつぼみから5枚の花びらが開き
実を結ぶことは自然な成り行きである
「葉」の意味
葉は、葉っぱの意味もありますが、中国語では紙など薄い形状のものを数える単位、つまり量詞として用いられることがあります。
つまり、ここでの五葉は5枚という意味になります。
紙といっても、手のひらサイズ程度のものまでです。
日本語でもハガキや写真を1葉、2葉と数えることがあるようです。
5枚の花びら
では5枚は何の数かというと、花びらの数ということになります。
葉の数と捉えることもできますが、花が咲いたときの様子を示す言葉で、1つの花が咲いて5枚の葉が開くではおかしいので
「1つの花(のつぼみ)が、5枚の花びらを開く」と理解するのが自然です。
意味の探索
達磨大使が二祖・慧可(えか)に詠んだ漢詩とされていますが、達磨大使は慧可が肘を断ち切って差し出してようやく教えを与えるようになったとされています。
また、梁武(りょうぶ)帝との面談で、「無功徳」「不識」「廓然無聖」と不愛想な返答で皇帝をいらだたせたことでも有名です。
そんな達磨大使のイメージからすると、上記のような親切で分かりのよい漢詩を詠んだというのは違和感があります。
しかし、達磨大使がそのように言ったという観点からこの5葉の解釈として、次に二つの説が言われています。
5つの花びらとは
禅宗五家であるという説
達磨大使の伝えた禅が、禅宗五家と呼ばれる5つの宗派に広がって発展したことを示すという説です。
- 潙仰(いぎょう)宗
- 臨済宗
- 曹洞宗
- 雲門宗
- 法眼宗
日本でもなじみのあるのはこのうち、臨済宗と曹洞宗で、他の3宗派は途絶えてしまったとされています。
情実のとおり、達磨大使は徒党を組んで中国全土を教化しようというような人ではありません。
また、5宗に分かれたのは後世のことで、禅はそのような予言をするような宗風ではありません。
したがって、いかにも後世において達磨大使が詠んだものとして創作された感は否めません。
5つの知恵を示しているという説
もう一つは五智と呼ばれるものを指すという説です。
- 大円鏡智 あらゆるものをそのまま受け入れられる広い心
- 平等性智 近しい事物を同一類として捉える抽象的な思考
- 妙観察智 1つ1つの物事を異なるものとして分析できる英知
- 成所作智 悟りの境地が行いに表れているさま
- 法界体性智 一切ををまとめて捉える知恵
五智は密教でよく用いられる概念で、禅ではほとんど用いられません。
禅ではそもそもこうした概念論を嫌いますので、この解釈にも違和感を覚えます。
意味をもう一度探索する
もう一度、元の漢詩をみてましょう。
1句:吾本来茲土
2句:伝法救迷情
3句:一花五葉開
4句:結果自然成
1,2句は先に申し上げたとおり、達磨大使らしからぬ言葉で、いかにも後世の創作といった感じがします。
優れた3句・4句
一方で、3,4句については、禅宗の基本的な考え方がよく表れています。
達磨大使の言葉でないとしても、優れた禅語であることは間違いなく、3句、4句ともに禅語として用いられることがしばしばあることもうなずけます。
3,4句が優れた禅語である理由について解説していきます。
3句・4句が優れている理由①
3句・4句には同じ概念を説明する禅語が多数あります。
重要な概念であるために、表現を変えて何度も我々に説いてくれているということです。
つまり、この語はそれだけ重要な意味を持っているということになります。
その意味とはどんなものなのでしょうか。
「一花開五葉」の意味
禅語における「一」は、自分という意味があります。
「一花開五葉」は、一(自分)から世界が広がっていくという考え方を表しています。
- 一滴潤乾坤
(いってきけんこんをうるおす) - 曹源一滴水
(そうげんいってきすい) - 一花開天下春
(いっかひらいて てんかのはる) - 一点梅花藥 三千世界香
(いってんばいかのずい さんぜんせかいかんばし)
「一」から始まる
こうした語には「一」が大きく広がっていく様子が示されています。
そして、禅における「一」は自分であるということです。
自分から主体的に世界を創造していくという考え方(例えば、自由・自力・随所作主などの考え方)と通底していることが分かります。
その他の解説記事はこちらをご覧ください。
3句・4句が優れている理由②
同じ概念の言葉ですが、先に見た具象的な「一」の禅語表現に対して、より概念的に「一」を捉える言葉もあります。
- 万法帰一
(ばんぽうきいつ) - 萬法一如
(ばんぽういちにょ) - 一以貫之(いっしかんし)
- 一二三四三二一
(いちにさんし しさんにいち) - 道生一 一生二 二生三 三生万物
(みちはいちをしょうじ いちはにをしょうじ にはさんをしょうじ さんはばんぶつをしょうず)
「一二三四三二一」の「一二三四」の部分は、特に分かりやすく「一花開五葉」の抽象的な表現と言えるかと思います。
ドラマチックで抒情的なことば
同じ意味のことを具象的な表現と、抽象的な表現で示した言葉を見てきました。
禅語の特徴は前者にあって、抽象思考は基本的に忌避されますので、具象的に季節や風景、生活などで表現されたものの方が、禅語らしいということになります。
その意味で「一花開五葉」は、花のつぼみが開花するその瞬間が捉えられたドラマチックな言葉です。
茶掛けの禅語としてもよく使われる理由がよく分かります。
この語の季節
2月の梅の花というよりは4-5月の暖かい時期の花の時期にふさわしい言葉です。
夏・秋・冬にも花は咲きますが、禅語では多くの場合花は春の言葉として用いられます。
このように特定の季節のある瞬間を禅語で表現することで、悟りの境地へのきっかけを与えてくれているということになります。
「結果自然成」についても少し解説
4句の結果自然成も、自然と物事が実現していくと禅語は他にもあり、非常に重要な禅の考え方です。
つまり、計らいや意図、打算といったもの、もっと言えば人知の限界、つまり不可知論に基づいているということになります。
面白いのは、不可知でありながら、事は成就するとする楽観論である点です。
肩の力が抜けて、腹が座るという禅の目指す心構えと重なります。
同じ意味の禅語
この意味合いの禅語も多くあります。
- 水到渠成
(すいとうきょせい) - 花無心招蝶(はなはむしんにしてちょうをまねく)
- 心平常百事自成
(こころへいじょうなればひゃくじおのずからなる) - 桃李不言 下自成蹊
(とうりものいわざれどもしたおのずからみちをなす)
近しい意味合い・情景を表した禅語
自然に成っていくというさまは、これもよく自然の摂理を重視する禅の考え方として禅語として表現されます。
- 春来草自生
(はるきたらばくさおのずからしょうず) - 薫風自南来
(くんぷうじなんらい) - 花枝自短長
(かしおのずからたんちょう) - 無風絮自飛
(かぜなくして じょおのずからとぶ)
まとめ
一花開五葉。
春の花の開花にちなんで、自分自身から世界を広げていくようなイメージを持ってもらうための禅語です。
力強い言葉ですが、しかし自然となっていくという「結果自然成」という対句がよいバランスを取っている素晴らしい禅語と言えます。
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