月在青天水在瓶(つきはせいてんにあってみずはへいにあり)
神秘も奇異もない。当たり前を受け入れる
さわやかな情景が浮かぶ秋の禅語です。
2人の禅問答に由来する言葉です。
まずは2人のやり取りから確認していきます。
出典
薬山惟儼(やくざんいげん)と、薬山に教えを求めた李翺(りこう)の2人の会話に由来します。
景徳伝灯録
問曰、
如何是道。
師以手指上下曰、會麼。
翺曰、不會。
師曰、雲在天水在缾。
翺乃欣愜作禮、
而述一偈曰、練得身形似鶴形、千株松下兩函經。我來問道無餘説、雲在青天水在缾。
書き下し文
問うて曰く、
「如何(いか)なるか是れ道(どう)」。
師、手を以(もっ)て上下を指さして曰く、
「会(え)すや」。
翺(こう)曰く、
「会(え)せず」。
師曰く、「雲は天に在って水は瓶に在り」。
翺(こう)乃(すなわ)ち欣愜(ごんきょう)して礼(らい)を作(な)し、一偈(いちげ)を述べて曰く、
「身形(しんぎょう)を練り得て鶴形(かくぎょう)に似たり、千株(せんしゅ)の松下(しょうか)、両函(りょうかん)の経(きょう)。我来たって道を問うに余説(よせつ)無し、雲は青天に在って水は瓶に在り」。
意味
(李翺)は尋ねた
「道とは何でしょうか」
師は上下を指さして言った。
「分かるか?」
(李翺は)答えた。
「いえ、分かりません」
師は言った。
「雲は空にあり、水は瓶のなかにある」
(李翺は)この意を理解して、礼を尽くしながらこう言った
「私は鶴のように体を鍛え、千本の松の下で経典を書いた。 雲は青空にあり、水は瓶にある。」
意味の探索
教えを求めに来た李翺にそれらしい教えを告げない薬山にしびれを切らしてしまうという前段があります。
李翺は有力な官吏で、薬山の評判を聞いて遠方から出向いているという経緯があります。
その前に李翺は何度も使いを出して薬山を招へいしようとしましたが、それは叶わず、止む得ずに薬山の下を訪ねてきました。
失望のなかで
それにもかかわらず、特別な教えも何もないので、がっかりしてしまいます。
思わず、「名声ゆえに訪ねたものの、訪ねてみれば何でもない」と口にしてしまいます。
薬山はこれに対して「周囲の評判でなく、うわべのものでもなく、そのものを見よ」と答えます。
薬山の教え
このやり取りに続くのが、先に紹介した会話です。
「雲は空にあり、水は瓶のなかにある」と。
ごく当たり前のそのものを見よと薬山は言い、李翺はこれを理解しました。
薬山自身は、特殊でもない、ただの禅僧をやっているだけのことです。
李翺の求める悟りも、ただ当たり前のものを当たり前にみることで、特殊・奇異なる教えも悟りもないことを李翺は理解したという場面です。
この語の鑑賞のポイント
この語の面白いポイントをいくつか紹介していきます。
「雲」が「月」に置き換わる
原典では青天にあるのは雲ですが、禅語としては月に置き換えて用いられるのが一般的です。
禅語の文脈では、月は悟りのメタファーであり、時に雲はそれを遮る存在として用いられます。
そのため、禅の文脈としてふさわしく、情景として美しい「月」が雲に取って替わって用いられていると考えられます。
この語の季節
月は、秋の言葉として禅語では用いられます。
9~10月ごろの月の美しい時期がこの語にふさわしい季節です。
原典に忠実に月ではなく雲を用いるなら(雲在青天水在瓶)、青天に大きな白雲が浮かぶ夏がよろしいかと思います。
神秘を語らない禅
超常現象や神秘体験を禅では基本的に否定します。
月が瓶にあって、水が空にあるような珍奇な教えを禅では説きません。
(一部例外もあるので留意が必要です)
まとめ
美しい月の季節に、幻想的な情緒ではなく、あえて現実的な視座を喚起するハードボイルドな禅語と言えます。
月夜に酔わずに、ただ水を飲んで、いつもの月を眺める。
今宵は素朴で平静な月夜になりそうです。
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