閑古錐の意味「古くて先の丸くなった錐(きり)」
古びた錐(きり)をどう考えるかという禅語
(かんこすい)
閑古錐は「かんこすい」と読みます。古い錐(きり)のことで長く使っていないもの、すっかり鋭さを失った錐のことを言います。
茶道の掛け軸、書道、お店の名前・屋号でよく使われる言葉です。
まずは一般的な意味を確認し、その上で新しい意味を探索してみたいと思います。
閑古錐の通常の解釈
閑古錐は古い錐(きり)のことで、すっかり鋭さを失った錐でその役割を終えているもののことを言います。
先の丸くなった錐を人間になぞらえて、年を重ねて丸くなった人間の味として捉えたり、長く古びれた道具の独特の風合いは新しくて機能の高いものとは異なる価値がある、というような意味で使われる言葉です。
否定される相対的価値が前提
禅は、新しい・古いという相対的な価値観を否定することがあります。
使える・使えないということについてもそうです。
乞食が理想とされる禅の世界
ただひねくれているということではなく、そういう相対的な価値感の外に行きたいと願うということが禅にはあります。
禅の一つの理想像は、乞食です。
何も持たず、何にもこだわらず、その日暮らし。
こういう境地を具現化したものに「布袋さん」があります。
使えなくても大いに結構
裸同然の格好でものもらいをしている布袋さん、これを理想とするのが禅です。
たびたび禅語で描かれます。
誰かのためにも社会のためにもなっていないように思えますが、そんなことは関係がないとする考え方です。
他にもある使えない道具を表わす言葉
使えなくなった道具も同様に、相対的な尺度を超えた境涯の象徴として用いられることが、閑古錐だけでなく幾つもあります。
実際に、幾つか同義語と思える禅語から挙げてみます。
- 無孔笛(むくてき):音の出ない笛
- 沒絃琴(もつげんきん):弦のない琴
- 破草鞋(はぞうあい):破れたわらじ
このようにみてくると、閑古錐が両忘と同じように「目的や手段を超えたものの魅力や美しさ」として理解するできるようになってくるかと思います。
このような意味から、修行を経て年月を重ねて円熟した禅僧という意味合いでも用いられまします。
使えないほどのおんぼろをよしとする理屈がここに成立します。
しかし、なかなか受け入れづらい言葉ではある
直感的に使えない道具を崇めるようなことに抵抗を感じないわけではありません。
穴が開けられない錐、話がまったく分からなくなった老僧、これをヨシとすることが腑に落ちないという人もいるかと思います。
そこで別の解釈を付したいと思います。
禅語には常に多義的な解釈が可能であり、どう捉えるかはあなた次第で全く構いません。
別な解釈「古いモノを磨いて使え」
古びた道具でも磨けばまた使えます。
逆に、どんなに素晴らしい道具でも古びてしまうので、磨かなければその機能は落ちていき、やがて使えなくなってしまいます。
実生活においては、古く使えない錐を前にして「これが味だ」と言っても開き直りにしか聞こえません。
「古くて使えないものは磨き続けるべし」と捉えた方が、はるかに前向きで実践的ではないでしょうか。
「常にメンテナンスして実際に使え」という実践禅の言葉
この素晴らしい中華鍋の再生は、DAIガレージさん(https://www.youtube.com/watch?v=ES-eHJyyHQE)によるものです。
素晴らしい再生は道具がきれいになったことに留まらず、最後に実際に使ってみせてくれているところです。
最初のさびた中華鍋と、チャーハンを炒める中華鍋をみるとまったく別物のように思えます。
2つの解釈の違い
どのように閑古錐を理解するかで、古びた中華鍋の使い方が変わってきます。
- そのまま飾ってその風合いを鑑賞するか
- キレイに磨いてチャーハンを食べるか
実践禅は後者を採ることは明確です。
磨き続け、使い続けることの素晴らしさ
Youtubeにはこうした道具を再生する動画がたくさん載っています。
Restoration VRという海外の動画ですが、この時計の復活はにわかに信じがたいですが、動画ではまずゴミの山から時計を拾ってくるところから始まります。
腕時計の“本来”とは?
そして、最後腕に付けるところで完結します。
そうです、腕時計は腕につけて時を告げてこそ”本来の姿”です。
「本来」は禅が最も大切にする考え方の1つです。
「本来の姿は手入れを続けなければ失われる」と捉えるのが閑古錐の意味なのではないかと思えてきます。
道具の“本来”は使えてこそ
このように考えれば、「老僧が長年の修行を経て丸くなった」として閑古錐を捉えるのではなく、むしろ「長年修行をしたとしても今日修行を怠れば使い物にならなくなるぞ」という意味で捉えることもできてきます。
どちらの斧が好きですか?ビフォーアフター
こちらは国内のAtenalesさんの動画です。
川で拾った斧がピカピカになり、使えるようになっています。
私は断然、アフターの斧です。ビフォーの斧に骨董的価値を見出せませんし、アフターの斧を大いに使ってあげたいです。
最初の解釈が年長者の漫然や旧態依然を助長するのに対して、後で紹介した解釈では、どれほどの経験があろうとも日々励んで油断するなと毎日の工夫と改善を訴える言葉になります。
古いものを磨けば、新しいものにない味が出る
最初の意味「古いモノには味がある」は、後で確認した意味「古いモノは磨いて使え」と合わせることで深い意味につながっていきます。
つまり、「古いものを磨いて使うことは、新しいものにない味が出る」ということです。
使えないものをそのまま味とするのではなく、古いものは磨いて使うことで初めて独自の風合いや味わいがでてきます。
意味合いとしては「麻三斤」と近しい
「麻が3斤あってもただの麻だから、切って縫って着物にして自分が着るものにしろ」というのが麻三斤です。
「目の前の事物や課題、周囲の環境に対して主体的に働きかけて、世界に意味を持たせて動かし続けろ」という含意が導出できます。(麻三斤の解説はこちらから)
自分自身を磨きつづけろ!
この閑古錐の解釈は、意味合いとしてはこの麻三斤と若干近く捉えことになり、「目の前のモノや自分自身を磨きながら大切にすることで使い続けろ」というように理解することができます。
禅では、置かれた環境に、能動的に取り組むことが勧奨されます。ちょうど古い道具を磨き上げるようにです。
「古教照心」にも近い
古教照心も非常に人気のある禅語ですが、意味としては「古い教えを古臭い昔話とせずに、そのなかから学びを得ることで、自分の心の灯として自分自身を導け」というものです。
古い道具を使えない道具として放り投げるのではなく、磨いて自分のものとして使うという主体性と勤行の言葉になってきます。
禅は、日々新たに実践しつづける人を応援し続けてくれます。 (⇒継続して挑戦しつづけることを励ます禅語)
閑古錐という言葉の使い方・例文
書道や茶道、慣用句としての使い方
誉め言葉として「枯れる」という言葉があるように、円熟の古びた味わいを謳う使い方も可能です。
相対的価値を超えた境涯を示す言葉として使ってもよいですし、最後に見たように古い錐を磨いて使うという文脈で用いることもできるかと思います。
例1:喜寿や米寿の祝いの語として
例文:勤続30年を超えるあの人は物腰は柔らかく、まさに閑古錐だ。
例2:日々努力の座右の銘として
例文:生涯学習の時代。閑古錐の一念で、定年を機に再び大学に通うことにした。
例3:古く使えなくなったものの再生を意味する言葉として
例文:名監督と呼ばれる人はたいがい、衰えを隠せないかつての名選手を見事に復活させるという、閑古錐とでも呼ぶべき手腕を持っている。
例4:長い月日を経て得られた独自の業(わざ)や風合いを意味する言葉として
例文:その名人はさもなく器を作ってみせたが、まさに閑古錐の出来栄え。長年の努力と今にあっても日々の鍛錬があることだろう。
英語にすると
Old dull awl
Oldに、切れの悪いでdullをつけました。awlは錐のなかでもつき錐で、らせん錐よりもイメージとしては近いでしょう。
日常生活で実践する
身の回りを片付ける
禅は空理空論を避け、日々の実践を志向します。
身のまわりの片付け・清掃から始めてみてください。
最も始めやすく効果の出る実践方法です。
禅問答に挑戦する
多くの禅語は禅問答に由来しています。
興味のある方は挑戦してみてください。
座禅をする
座禅は最も基本的な”禅”の実践になります。
オンラインで座禅会に参加できる時代になりました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。意味としては両方考えられると思います。
年配の方には前者の意味、すなわち「年を重ねたものは機能を失っても味わいがある」で心の平静が得られるかもしれません。
禅語は心の安心を与えるものであるはずですからそれでも構いません。
禅は人を励ます
一方で禅は人を励まし続けるものですから、後者のように「いくつになっても努力を怠らず、役に立ち続けろ」と解釈するのもよいと思います。
いかに閑古錐を捉えて生き抜くか、まさに自分事化して世界に対峙するという禅の本懐と向き合う作業になりますね。
磨いて自分のものにして使う、と解釈すれば、生きる楽しさが増す言葉と言えます。
自分なりに解釈して、生きる糧としていただければと存じます。
お読みいただき、ありがとうございました。
日常生活のなかにある"禅"文化を探す活動をしています。「心に響く禅語」解説やオンライン座禅会を開催しています。
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