一滴潤乾坤の意味:ひとしずくが天地に雨の恵みをもたらす
たった一人が世界を変えるという禅語
(いってきけんこんをうるおす)
一滴潤乾坤は、「いってきけんこんをうるおす」と読みます。
乾坤は天地を意味しますから、一滴の水が大地を潤すというようなイメージになります。
荒唐無稽で理解困難な禅語ですが、この言葉には「たった一人が世界を変えることができる!」という現代的でドラマチックな含意があります。
いったいどういう意味なの?
乾ききった大地を、たった一滴の水が肥沃な土壌を作ることはできません。
そういう意味では、この一滴潤乾坤は何を言いたい言葉なのか、さっぱり分かりません。
物の大小・広狭といった相対的な尺度を超えた世界を意味する言葉と理解することもできますが、原典にあたれば、そういう意味で捉えることが間違いであることがすぐに分かります。
原典から考える
まずは原典からあたっていきましょう。
一滴潤乾坤の出典は宋代に編集された「景徳伝灯録」で、禅僧のエピソードがまとめられている史書です。
原文
僧問。如何是西來意。
師曰。四溟無窟宅。一滴潤乾坤。
読み下し文
僧問う、
「如何なるか是れ西来意(せいらいい)」。
師曰く、
「四溟(しめい)、窟宅(くったく)無く、一滴乾坤を潤す」
意味
ある僧が尋ねた、
「達磨はインドからわざわざに中国にやってきた。どういう意味があったんでしょうか。」
師は答えた、
「達磨はインドから中国にやってきて、壁に向かって9年座禅した。その洞窟はいまはもう見当たらない。しかし、禅宗は全土に広がっている。達磨という一滴の水は、時間をかけて中国の精神世界という大地を肥沃にさせた。」
解説
「達磨はなぜ中国に来たのか?(如何なるか是れ西来意)」は度々展開される禅問答です。
そのなかの回答として有名なものの一つがこの「一滴潤乾坤」です。
乾坤は天地を意味します。
一滴はひとしずくですが、ここでは達磨大師または達磨大師から数えて6代目の慧能(えのう)を指します。
世界に広がった禅
達磨が中国にきて、禅を広めて。時を超えて、座禅は世界的な文化になっています。
このたった1人から始まった時と場所を超えた壮大な拡がりを表わした言葉が「一滴潤乾坤」です。
達磨が中国で座禅をはじめてから約1500年、世界中に禅宗は広がっています。
一滴の水が種に芽を生えさせる。草は林になり、やがて大森林になる
時に水一滴、米粒一つを大切にしようという含意で解されることも多い一滴潤乾坤です。
しかし、出典から考えると、むしろ「小さな一つのきっかけが、大きな影響力を持ちうる。自分の力を信じてやり抜くべし」という含意を導出する方が原典に忠実だと思います。
徹底自力という禅の基本的な価値観や、自由(自分に由る、自分次第)という禅の精神に適うものになります。
ひたすら座禅を続けた達磨
中国に来て面壁九年と呼ばれる洞窟での座禅修行を行ったのが達磨大師です。
日本の真っ赤なダルマ人形にも、ひたすら座り続けたエピソードの一端を見ることもできます。
オンライン座禅会で座り続けた体験談はこちらをご覧ください。
現代的な具体的な場面で考えてみる
大昔の達磨さんの話は、高尚すぎて自分ごと化できないかもしれません。
少し、馴染みやすいな例を挙げてみたいと思います。
大盛り上がりの夏フェス
大盛り上がりの夏フェスの光景です。
なんだかずっと盛り上がっていたように見えます。
しかし、実際には数分前までこの光景はありませんでした。
3分前はたった1人だけで踊っていた!?
確かに、同じ場所で、一人の男性が怪しげに踊っています。
これが数分後に上のような群衆の盛り上がりに発展するのでしょうか。
たった3分で世界が変わる
怪しげなダンスに、乗りのいい人が近づいたり離れたりしていましたが、ある時そういう仲間が1人から2人に増えます。
そうすると3人、4人とどんどん人が増えていきます。
最終的にはものすごい人が集まってきて大盛り上がりになります。
一滴の水(1人の踊る男)が、乾坤を潤す(多数の人々がそのダンスに参加する)ことを捉えた非常に興味深い動画です。
自分の力を信じること:エンパワーメントと責任の禅語
まったく一人で始めるということには勇気が必要ですし、その継続には根気が必要です。
なかなか仲間は増えるものではないく、成果は乏しい日々が続きます。
このとき、「世界を自分が変えたいように変えられるのは自分しかいない」、「自分にはそれができる」という信念が求められます。
自己信頼と徹底自力こそが禅が最も重視する価値観の一つです。
意味の近い禅語
「自分の力を信じろ」という禅語はいろいろあります。
主体的な態度は、仏教~禅宗に共通したポジティブな考え方です。
- ここで「一」とは自分のことです。
- 一以貫之(いちをもってこれをつらぬく) 人生の主人公は自分自身です。
- 主人公(しゅじんこう) 光を外に向けるのではなく、自分に当てるべきという禅語です。
- 回光返照・回向返照(えこうへんしょう) 釈尊誕生の言葉とされています。エフィカシー(自己可能感)を明らかにする言葉です。
- 天上天下唯我独尊(てんじょうてんが ゆいがどくそん) どこにあっても主体的であれという禅語です。
- 随所に主となる(ずいしょにしゅとなる) さあ目の前の着物一反、どうするか。あなた次第という禅語です。
- 麻三斤(まさんぎん)
自分にぴったりはまる言葉を探してみてください。
小さな努力を信じる
小さな努力、ほんの一言が、世界が変えることかもしれないという考え方は元気づけられる言葉です。
同時に、ネガティブな影響もあり得るという点で、背筋の伸びる禅語といえます。
積み重ねていくことの大切さ
例えば、環境負荷の大きい消費活動を避けることは、必ず地球環境の改善につながると信じることでもあります。
逆に環境負荷の大きい社会活動は必ず地球環境の悪化につながると考えるということでもあります。
使い方
それでは、実際に「一滴潤乾坤」の使い方をみていきましょう。
師の功績をたたえて
一滴潤乾坤の直接的な意味は、達磨が起こした禅宗の拡大ですから、そのままとって、先達や師匠、先生の長年の指導の讃えて敬意を表する場面で使うというのが第一義ということになります。
お世話になっている先生に感謝を込めて、退官される先生の功績を讃えて、あるいは指導いただいたことを元にこれから自分が頑張ることを誓って用いる禅語ということになります。
前途多難な事業を前に、座右の銘として
達磨は壁に向かって9年座禅を続け、しかし結果として大きなZEN文化が世紀を超えて私たちの生活に入ってくるまでになっています。
人々の理解を得るには、長年の努力の積み重ねが必要で、一朝一夕に実現できるものではありません。
そのためには「揺るぎない信念が必要だからそれを持とう」という意気込みを込めた使い方です。
人々の協力を得ながら何かを実現していかない場面では「一滴潤乾坤」はぴったりの言葉といえます。
小さな努力の積み重ねを誓って
広く継続的な積み重ねによる大きな悲願成就を目指す言葉として用いてよいかと思います。
小さな努力を誓う、或いは小さな努力を励ます禅語としての一滴潤乾坤です。
「一滴潤乾坤、地道に積み重ねます」でOKです。
英語でいうと
A drop enriches land
一滴の水はa drop of water でもいいですが、a dropでも水であることは分かるかと思います。
乾坤を訳しづらい
乾坤を天地とすると、大地であるlandのほかにgroundやearthなどもありますが、world、universeなど拡がりのある単語も考えられます。
天の部分が抜けてしまいますが、ここではlandを採りましたが、heaven and earthの方が天地には忠実かと思います。
landですと、一滴の水という具象表現からの拡張効果が弱まるので、難しいところです。land and skyなども考えられますが、今後は英語の慣用表現から外れてくるのでうまくありません。
まとめ
一滴潤乾坤の意味として、小さな力の大きな影響力について、みてきました。
あなたはどのような大地を緑豊かな土地に変えようと思いますか。
おそらくきっとそれは実現できるでしょう。
複雑で多元的な世界では、あなたの想いを実現するスペースは大いにあります。
具体的な理想と実践で、ぜひ乾坤(世界)を潤してください。